msg# 1
本賞、奨励賞以外であったらいいなという賞はありますか?
また、その審査基準はどこにおもきをおけばいいでしょうか?
ゲスト
ねぷた絵師の新人賞があればいいと思います。
mizuki
観衆賞。
観衆の皆さんがケータイでいいねぷた団体に票を入れる。
余地があれば、何のどんなところが良かったか記入してもらう。
BB賞
上記のものとは逆にNGな運行に票を入れてもらう。
次年度への課題として参考にする。
これは非公開の方がいいかもしれない。
ゲスト
掛声え賞
ゲスト
お囃子賞
ゲスト
最近、よく賞が取りざたされているが、ねぷたにとって賞がそんなにも大事なものなのだろうか?賞を取りたくてねぷたをやっているのかと誤解したくなる。賞よりもっと大事なものがねぷたにはあると思う。それは弘前ねぷたに対する心意気とプライドだと思う。逆に賞などいらない、という心意気とプライドを持った団体が増えてくるとおもしろいと思う。
ゲスト
以前から疑問に思っていましたが、何の為に賞が必要なのでしょうか?
賞を取るために「祭り」に参加している団体もあるようですが、本来の「祭り」には不要だと思います。
また、昨年の出陣式においてある方が観光客に対して「ぜひ本賞を取ったねぷたをじっくりとご覧下さい」と発言したことは腹立たしく思いました。
「本賞を取った団体以外のねぷたは見なくても良い」ということと同じですよね??
ゲスト
賞はあっても結構だが
審査基準がハッキリ言って『つまらない』
受賞団体が素晴らしいのは異論無いのだが
『意外性』というものが全く無い。
『入り込む余地が無い』と言ったほうが適切か。
伝統を重んじるのは大切な事ではあるが
そこばかりが重視され
何か新しいことをしても審査には引っかからない。
まぁ『新しい事』をしようとしてる人達は
恐らく、賞なんて考えてない人も居るとは思うのだが
もう少し審査の基準を現代に合った要素も盛り込み
伝統と現代のバランスを取ってもらいたい。
もっと若い人材を審査員に組み込むなりして
審査をするからには、審査基準にも
矛盾が生じない範囲で幅を持たせて貰いたい。
ゲスト
その年の話題賞
虎好会
賞ではないかもしれないが、「ねぷた殿堂賞」を作ってみては?
これは知事賞よりも上の賞。殿堂入りの団体は翌年から無審査。
例えば、5年連続知事賞なら殿堂入りとか。
毎年、知事賞を本気で狙ってる団体にしてみれば、「どうせまた
あそこの団体が取るんだろうな」と思ってる団体もあるはずで、
ここ数年、連続で知事賞を取っている扇ねぷたであれば、
骨組みが同じで絵師も同じそれから囃子も同じとくれば、
ほぼ無条件に知事賞の可能性が出てきてしまう。
はっきり言ってそれでは面白くないのだ。
他の方も言っていますがケータイで投票はアリだと思うし、
折角「ねぷたがり屋」というサイトがあるのだからもっと
生かすべき。
絵師の新人賞。これも賛成。でも、若手絵師優秀賞みたいな
方がいいかも。
「ねぷたなんてどれも一緒!」
そう思っている人の為にも、全ての団体が基準に則った囃子に
統一してしまうようなことはダメ!まぁ明らかに違う様なのは
もっとダメだけど。
BB賞これは作るべきでない。これは金髪(金髪ばかりではない)
にギャルメイクがいる団体が不利になる。見た目だけで判断する
人は結構いるからね。基本的にはBB賞的な団体って無いと思ってるし、
それなら復活当初の夜行館なんてBBものだと思う。
Y
伝統という言葉は良く耳にするものだが、明治の写真に出てくるようなネプタは、現在ほとんど見当たらない。
多くは、戦後の高度経済成長期の観光化の中で確立されたスタイルを見習っていると言えるのではないだろうか。
いっそのこと、本物志向の賞を作り、竹の骨と、丸木と、ロウソクの組ネプタを奨励して欲しい。そのような賞であれば賛成だ。
全国には200年300年の歴史を持ち、今もなおその姿をとどめている祭りや儀式が沢山あるという事を今一度考えてみたい。
賞を無くそうとは言わないが、今の現状は、賞があまりに祭りの中心になってしまっていないだろうか。周囲の顔色を伺いながら祭りに参加するような空気は無いといえるだろうか。
魅せるネプタ以前に、燃焼するネプタ、心を洗うネプタではないだろうか。
祭りをやるのか、コンテストに参加しているのか、よくわからない心境になってしまう。(パレードコンテスト)
他人の決めた基準で評価され、賞をもらうという事を動機にしなければネプタ祭りはもう発展しないのだろうか。
褒められる、立派なネプタだけで良いのだろうか。
(ネプタを芸術と言うのなら、心地よいものだけが芸術ではない。)
今後ますます、無難に整った綺麗なオブジェの展示会を目指していくのだろうか。(金太郎あめ)
津軽のモツケ魂とはそのようなものだったのだろうか。
。
そこまで行かずとも、、。
祭りと言うのならば、形態にしても音楽にしても、もう少し多種多様な個性を容認するべきだと思う。(均質化は衰退の道)
大型化やパワフルなジェネレーターを使用しての電気化、運行状況など、、今のスタイルの多くが戦後に確立されてきた事を思えばなおさらである。
祭りはまず、自分達の為にやるべきなのだと思う。
その姿を見物するから面白いのではないだろうか。
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投稿日時 2010-8-4 13:26
ゲスト
ねぷたバガ賞